ちんぽとちんこの桶狭間で

大学院生の日常。生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え。

オタク、モノを書く(25分)

唐突であるが、私はアウトプットが苦手だ。

 

これは普段の会話にも表れており、エレベーターとかで知り合いに会っても何を話せばいいのかわからない。なるべくエレベーターは一人で乗りたい。

今後は階段を使うことにしよう。

 

 

このままでは就職にも黒髪の乙女にもエントリーできず、鴨川沿いの道路で朝っぱらから酒盛りして鳩に餌をやっている迷惑千万なご老人たちを妬みながら、鴨川を逆流する粗大ごみになってしまう日も近そうである。

 

 

世の中、人は他人のアウトプットしか評価をしない。これは至極単純な理由でアウトプットしか見えないからである。

「あいつは一度も話したことはないし、普通の格好で普通に生きているが、きっとすごい奴に違いない」

などと意味不明な印象を他人に抱くような人間はいないであろう。おそらく。

 少なくとも僕は他人にそんな感想を抱かない。自分のことを棚に上げて、なんだこの暗い奴と思うくらいである。

 

 

昔、とある人からモテる秘訣を聞いたことがある。

師曰く、とりあえず見境なしに100人をデートに誘えば50人目くらいから段々と自分のダメなところが見えてくる、とのことである。

当時はそんな馬鹿な話があるかと思っていたが、これはおそらく場数を踏めという話なのであろう。

 


このことは逆もまた然りであろう。

村上春樹のデビュー作「風の歌を聞け」という作品の中に、次のような一説がある。

 

 かつて誰もがクールに生きたいと考える時代があった。

高校の終わりの頃、僕は心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを、僕は何年かにわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。

 

かつて僕もクールに生きたいと考える時代があり、村上春樹の小説を意味も分からず読んでいたのであるが、この一文はなかなかにクールである。

場数を踏むことを避けていては、段々と場に立つことすらできなくなるということではないだろうか。

 

 

というわけでアウトプットの一環として、

 

一日一万回、感謝のブログ更新!!!!!!!!!!

 

をしようと思ったのだが、初日の今日から大失敗。一件しか更新できなかった。

 

 

 

最近は堅苦しい話が多かったので、たまには高校生みたいな内容で更新することも悪くないだろう。

 

 

余談であるが、どうやらこのブログも人気を博してきたようで

「人知を、超えたチンコ」

ググるとトップに出るようになってしまった。